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東京地方裁判所 平成3年(ワ)7291号 判決

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二  被告関口邦昭及び同関口利江は、原告らそれぞれに対し、各自金一五万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告関口邦昭及び同関口利江に対するその余の請求及び被告江戸川区に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の三〇分の一と被告関口邦昭及び同関口利江に生じた費用の二〇分の一を被告関口邦昭及び同関口利江の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告関口邦昭及び同関口利江に生じたその余の費用及び被告江戸川区に生じた費用を原告らの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(主位的請求)

被告関口邦昭及び同関口利江は、原告に対し、別紙二物件(建物)目録(三)記載の建物のうち、別紙三図面の斜線で示された一ないし三階の建物部分を撤去せよ。

(予備的請求)

被告らは、原告らそれぞれに対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告関口らが建築基準法に違反する三階建て建物を建築したためそれに隣接する原告らの土地建物について日照、採光、通風が著しく阻害され、それによって、原告らは湿気や冬場の寒さに悩まされ、かつ、ストーブの排気ガスによる健康障害も発生しているとして、主位的に原告らの土地所有権及び人格権に基づき被告関口らの建物の一部撤去請求を、予備的に被告関口らに対する日照権侵害の不法行為に基づく損害賠償及び被告江戸川区に対する違法建築の監視、是正義務違反を理由とする国家賠償として慰謝料の請求をした事案である。

一  基礎事実(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)

1 原告室岡正雄は、別紙一物件(土地)目録(一)記載の土地(以下「原告第一土地」という。)及び別紙二物件(建物)目録(一)記載の木造亜鉛メッキ鋼板葺建物(以下「原告第一建物」という。)を昭和五一年に購入し、その頃から妻である原告室岡きみ子及び次女である同室岡聡子と共に居住している。また、原告らは、別紙一物件(土地)目録(二)記載の土地(以下「原告第二土地」という。)及び別紙二物件(建物)目録(二)記載の木造亜鉛メッキ鋼板葺建物(以下「原告第二建物」という。)を昭和六〇年に購入し、各自持分三分の一ずつ共有し、家業(熊手やおみくじ等の製作)のための作業場兼四名の従業員の宿舎として利用している。なお、原告第一、二建物の間取りは、別紙五、六のとおりである。

2 被告関口邦昭は、昭和四七年一一月頃、別紙一物件(土地)目録(三)記載の土地(以下「被告土地」という。)を購入し(平成三年一月頃、その内、持分九九分の四〇をその妻である被告関口利江に贈与している。)、そこに木造平屋建ての倉庫を建築所有していたが、平成元年一一月頃から平成二年五月頃にかけて被告関口らは、別紙二物件(建物)目録(三)記載の木・鉄骨造スレート葺三階建ての建物(以下「被告建物」という。)を建築し、各自持分二分の一ずつ共有した。

3 原告第一、二建物と被告建物とのおおよその位置関係は別紙四のとおり、被告建物の北ないし北東に原告第一建物があり、被告建物の北西に原告第二建物がある。また、原告第一建物南東部(応接室)、原告第二建物と被告建物とはかなり接近しているが、被告建物から隣地境界線までの距離は、北東側で約五〇センチメートル、北西側で約四〇センチメートルである。

4 被告建物建築、是正の経緯及び各種規制との関係

(一) 被告関口らは平成元年一〇月二四日に被告土地上に木造二階建て専用住宅を建築することについて江戸川区の建築主事より確認通知を受けた(但し、確認申請は関口正明名義で行われている。)。

(二) その後、被告関口らは、被告建物の建築に着手し、平成元年一二月に上棟式を行い、平成二年五月頃までに(建築確認を受けた建築予定建物と異なる)被告建物を完成させた。

(三) 被告建物完成時における規制は次のとおりであった。

用途地域 第二種住居専用地域・準防火地域

建ぺい率 五〇パーセント

容積率 一五〇パーセント

高度地区 第一種高度地区

日影規制 平均地盤面から四メートルの高さの水平面において、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え、一〇メートル以内の範囲においては、三時間以上、一〇メートルを超える範囲においては、二時間以上の日影を生じさせてはならない。(高さが一〇メートルを超える建築物に適用されるところ被告建物の高さは一一・五〇メートルある。)

(四) 完成時における被告建物の容積率は一五五・三〇パーセント(敷地面積は九七・二六平方メートル、被告建物の延べ面積は一八八・八一平方メートルであるが、被告建物の一階部分が車庫となっていることから建築基準法施行令二条一項四号、同条三項が適用され、容積率の計算上、延べ面積の五分の一が控除される。)、建ぺい率は、六八・五三パーセントといずれも前記規制に違反していた。また、被告建物は、北側斜線規制(高度地区に関する都市計画により第一種高度地区に指定されていたため建築基準法五六条一項三号の規制より厳しくなっている。そこで、以下では「第一種高度地区規制違反」という。)に抵触し、日影規制の基準を超える日影を原告第一、二建物に及ぼしている。被告建物はその外壁にALC板という防火材を用いているものの完全な簡易耐火建築物とはいえない。

(五) 原告らは平成二年五月下旬、被告江戸川区の建築指導課に対して被告関口らが違反建築物を建築した旨の通報をした。これを受けて当時被告江戸川区の都市開発部建築指導課課長であった訴外福島七郎(以下「訴外福島」という。)らが同月二八日に被告建物の外観調査を行い、それが建築確認通知書の内容と相違していること等の建築基準法違反があることを確認すると共に原告ら宅を訪問し、被告建物について右のような違反があること及び原告らの建物が被告建物により日影の影響を受ける旨の発言をした。原告室岡正雄は訴外福島らに対して、被告建物の違反建築部分について何らかの是正措置命令の発動を求めた。

(六) 平成二年五月二九日に被告江戸川区の建築指導課職員が被告関口らに対し、区に出頭するように連絡した。翌三〇日に被告建物の建築工事請負人である訴外田中工業所の担当者が来庁したので、訴外福島が右担当者に被告建物が違反建築である旨を伝えて設計図書の提出を求めたところ、右図面は同日の午後に提出された。訴外福島らはこの日更に被告建物の違反状況を調査した。

(七) 平成二年六月二日に被告関口側及び訴外田中工業所の担当者が来庁したので、訴外福島が同人らに対して被告建物には建ぺい率・容積率違反、第一種高度地区規制違反、日影規制違反、準防火地域内の三階建ての建物に要求される防火基準に合致しない等の違反があることを説明した。

(八) 平成二年六月五日及び二八日に訴外福島らは原告方を訪ね、原告室岡正雄に対し、それまでの被告関口との折衝の経過を説明した。

(九) 平成二年六月六日に訴外福島らは被告関口側に対し、原告側と直接会って、具体的な被害を聞き、建築主としてどの部分をいつまでに是正できるか検討するように伝えた。

(一〇) 訴外福島は、平成二年一〇月下旬頃、被告関口側に対し、被告建物の違反のうち、特に第一種高度地区規制違反の是正を求めた。これに対して、被告関口側は、是正工事は行うつもりであるが今年は資金の準備がつかないこと及び占いによると今年は工事をしない方がよいとされていることを理由に是正工事の猶予を求めた。

(一一) 平成三年五、六月頃、被告関口らは、被告建物三階の西ないし南西部分において子供室の一部を撤去したり、階段室の屋根を低く改修したりした他、同建物二、三階部分西側のベランダの腰壁の一部を撤去し、角パイプフェンスとする等の是正工事を行い、同年六月二八日に建物床面積変更登記を完了した。

右是正工事により、被告建物の容積率は一五五・三〇パーセントから一五一・二二パーセントに減少し、原告第二建物に対する日影規制違反部分がある程度減少すると共に原告第一建物南西部に対する日影時間もある程度短縮された。

5 用途地域等の変化

(一) 平成五年二月二日、「東京都市計画地区計画下鎌田東地区地区計画」の決定(江戸川区告示二七号)に伴い、篠崎街道南東側沿い(道路境界から二〇メートル以内の区域)、瑞江駅西通り(通称「清掃通り」)沿い(道路境界から二〇メートル以内の区域)及び下鎌田東小学校付近の三ケ所の地域の用途地域等の変更が行われた。原告第一、二土地及び被告土地は瑞江西通り沿いの変更地域に含まれるが、このうち原告第一土地については、道路境界から二〇メートルの線と同土地の北東側境界にはさまれたおよそ一メートル弱の幅の帯状の土地が上記変更地域からはずれ、その部分の規制は従来どおりということになる。

(二) 原告第一、二土地及び被告土地を含む地域については、昭和六一年頃より地区計画として整備されることが予定されており、しかも瑞江駅西通り沿道は高度利用が想定されていたことが窺える。そして、右地域等の用途地域等の変更に先立ち平成三年一一月二九日に地区計画(原案)等説明会が行われ、同年一二月二日から一六日にかけて地区計画(原案)の縦覧が行われ、平成四年一〇月六日から二〇日にかけて都市計画(案)の閲覧が行われている。

なお、本件の用途地域等の変更は、前回の江戸川区内の用途地域の部分的変更から四九日後に行われたものであるが、原告第一、二土地及び被告土地を含む地域自体の用途地域等の変更は平成元年一〇月一一日以来である。

(三) 変更後の規制値は次のとおりである。

用途地域 住居地域・準防火地域

建ぺい率 六〇パーセント

容積率 三〇〇パーセント

高度地区 第三種高度地区

日影規制 平均地盤面から四メートルの高さの水平面において、敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え、一〇メートル以内の範囲においては、五時間以上、一〇メートルを超える範囲においては、三時間以上の日影を生じさせてはならない。(高さが一〇メートルを超える建築物に適用される。)

右の規制値の変更により、被告建物の容積率違反及び高度地区規制(北側斜線規制)の違反はなくなり、日影規制についても、前述の原告第一土地の北東部境界付近の帯状の区域のごく一部に違反部分が存在するのみとなった。

二  争点

1 被告関口らに対する請求の成否(一部撤去請求・損害賠償請求)

2 被告江戸川区の責任の存否

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 被告建物の影響

(一) 原告第一建物において、被告建物による日影の影響が問題となる部屋は、一階は、応接室、板の間(ダイニングキッチン)、南西側和室、二階は、南西側和室ということになるが、このうち応接室は、先に示したとおり、被告建物にかなり近接している。

冬至時点において、原告第一建物二階の南西側和室及びこの南東側に隣接する階段室の南西側開口部は、いずれも午前九時半頃から午前一〇時前頃には被告建物の日影に入り、午後二時前後頃に和室が、午後三時前頃に階段室が右日影から脱する。被告建物の是正工事後においては、前記日影は数分ないし三〇分程度早く解消するようになった。原告第一建物一階の南西側開口部については、平均地盤面からの高さが一・五メートル前後くらいになると考えられ、二階の場合(平均地盤面からの高さは四メートルくらい)に比べて被告建物による日影の面積は拡大するから日影時間も当然二階の場合よりある程度長くなる。そして、一階南西側和室及び板の間の南西側開口部については、それぞれ二階南西側和室及び階段室の位置と高さを除きおおよそ一致しているので、一階南西側和室及び板の間に対する日影は、二階南西側和室や階段室に対する日影より若干早く始まり、遅く終了することになる。(なお、原告第一、二建物の位置関係からして、特に原告第一建物一、二階南西側和室の南西側開口部は、午後三時頃には原告第二建物の日影の影響が及ぶものと推測される。)また、応接室の南西側開口部については、午前一〇時前頃以降、南東側開口部については、午前一一時前頃以降終日被告建物の日影の中にある。現在、応接室の南西側開口部は家具によってほとんど塞がれている状態である。

被告建物が建築確認申請どおりの二階建て建物(以下「申請建物」という。)であった場合、冬至時点において、原告第一建物二階南西側和室の南西側開口部に申請建物の日影は及ばない。(但し、原告第二建物による日影は前記のとおり。)原告第一建物一階の南西側開口部については、午前一一時前後頃から、応接室は終日、板の間は午後三時前頃まで、南西側和室は午後二時前頃まで申請建物の日影に入る。応接室の南東側開口部は、午後二時前後以降申請建物の日影に入る。

(二) 原告第二建物一階南西側は倉庫で、二階南西側が作業場となっており、居室部分は、一、二階とも北東側となっている。冬至時点において原告第二建物二階の南東側開口部のほとんどが被告建物(是正工事後)により五時間以上の日影が生じている。もっともこれは、原告第二建物と被告建物がかなり接近して立っていることにも原因があり、申請建物の場合でも原告第二建物二階の南東側開口部の大部分に四時間以上の日影が生じることになる。

(三) 平成六年一月二六日(天気は快晴)に行った原告第一建物内の照度調査によると、二階南西側和室は、窓際や階段室そばでは午後三時頃までそれぞれ一七〇ルクス以上、九〇ルクス以上確保している所もあるが、全体的な傾向としては午前一〇時以降徐々に暗くなり、窓際や階段室から離れたところでは五〇ルクスを下回る場合が多くなる。一階南西側和室は終日一ルクス前後であり、一階板の間は、午後二時頃に一〇〇ルクス以上の地点が現れる他はだいたい二ルクス前後から三〇ルクス前後で推移している。最後に一階応接室は、午前一一時頃まで直射日光も差し込んでかなり明るい。午前一一時二三分を例に取れば、一二測定点のうち最も暗い場所で一一三ルクス、直射日光があたっている場所を除いた最も明るい場所で二五六〇ルクスある。それ以降暗くはなるものの、午後三時頃は、一二測定点のうち最も暗い場所(三五ルクス)を含めて一〇〇ルクス未満は五ヶ所で、南東側窓際付近を中心に(南西側窓際には家具が置かれている。)一〇〇ルクス以上(うち四ヶ所は二〇〇ないし四〇〇ルクス)を確保している。午後四時になると最も暗い場所(二一ルクス)を含めて八ヶ所で一〇〇ルクス未満となるが、南東側窓際付近については二ヶ所で二〇〇ルクス以上、もう二ヶ所で一〇〇ルクス以上である。

2 被告建物周辺の状況

被告建物及び原告第二建物はその南西側において瑞江駅西通りに面しており、道向かいに四階建ての江戸川区立下鎌田東小学校がある。瑞江駅西通りを南東方向に直進すると被告建物から二〇〇メートルくらい先に清掃工場があり、更に二〇〇メートルくらい直進すると旧江戸川堤防上の都道四五〇号線に接続する。被告建物から東方約五〇メートルの所を南北(南西から北東)にはしる通り及び同建物の北方約一〇〇メートル余の所を東西(南東から北西)にはしる通りの両側二〇メートルの地域は近隣商業地域に指定されている。平成五年六月三〇日現在の被告建物を中心とした半径一〇〇メートル以内の状況をみると、北東方向の近隣商業地域内又はそこに極めて近接した場所と推認される場所に七棟の、第二種住居専用地域と認められる場所に一棟の三階建て建物があるが、瑞江駅西通りの被告建物側沿道には、駐車場又は二階建ての建物がほとんどで西方一〇〇メートルあたりに三階建て建物が二棟あるくらいである。ところで、昭和六一年頃から瑞江駅西通りの整備及び沿道の高度利用促進が下鎌田地区の再開発計画の一環として予定されており、平成三年には、右通りの交通量が多いという現状認識をふまえて、後背住宅地への交通騒音防止のために沿道建物の中高層化を促進するという目的のもと右計画が具体化され、平成五年二月の被告建物所在地周辺の用途地域等の変更に至った。

3 原告らの態様

(一) 原告らは、原告第一、二土地上に三階建てのマンションを建築することを計画し、平成二年二月頃、住友建設株式会社に勤める長男に図面の作成を依頼したところ、後日被告建物が違反建築であると知らされ、平成二年五月下旬、被告江戸川区に違反建築の事実を通告した。それまでに、原告、被告間の間で三階建て建築によって原告が被害を被ることになるから設計を変更して欲しい等といった交渉等が行われたことを示す証拠はない。

(二) 平成六年五、六月頃から、原告らは、原告第一建物内部を全面改装すると共に二階のベランダを取り除き、そこに一部屋分の増築を行った。

4 検討

以上の事実によれば、一方で、被告関口らは、申請建物と全く異なる三階建ての被告建物を建築し、右建物が旧日影規制等の第二種住居専用地域を前提とする諸規制に違反していたこと、被告建物の建築により、原告第一建物二階南西側和室南西側開口部には、申請建物の場合全くそれによる日影が生じなかったにもかかわらず約四時間半(是正工事後は約四時間)の日影が生じ、同和室の照度に悪影響を及ぼし、一階南西側和室、板の間、応接室の南西側開口部には申請建物の場合より約一時間長い日影が生じ、一階応接室の南東側開口部には申請建物の場合より約三時間長い日影が生じていること、原告第二建物南東側開口部には申請建物の場合より約一時間長い日影が及んでいることが認められる。

しかし、他方で、被告土地の周辺、特に瑞江駅西通りの北側沿道は、駐車場及び二階建て建物がほとんどであるものの、右地域には、昭和六一年頃から下鎌田地区再開発の一環として瑞江駅西通りの整備及び後背地への交通騒音防止のために沿道を中高層化する計画が存在し、その具体化により平成五年二月に用途地域が第二種住居専用地域から住居地域に変更され、それに伴う諸規制の変更により被告建物の規制違反の多くが解消したこと、原告第一建物の応接室付近及び原告第二建物の南東側は、被告土地との境界線にかなり接近して建っており、また原告第一建物は、原告第二建物の北(北東)側に建っていることから原告第一建物一階の南西側開口部及び原告第二建物の南東側開口部(特に従業員らの居住部分である北東側)は、申請建物の場合であっても十分な日照は期待できないこと、原告第一建物の応接室の照度は、冬至から一ヵ月後の測定結果によれば、比較的良好であること、圧迫感、通風の悪さという点は、被告建物のみならず、原告第一、二建物の位置にも問題があること、原告第二建物については、その南西側は倉庫(一階)、作業場(二階)であること、原告らは平成元年一二月の被告建物の上棟の段階でそれが三階建てであることを認識していながら、翌年五月に完成するまで原告らの建物への日照被害を問題とし、被告建物の是正等の申し入れを一切行っていないこと、被告関口らは平成三年六月頃に被告江戸川区の指導に従って被告建物の一部につき是正工事を行ったこと、原告らの希望した原告第一、二土地を利用した三階建てマンションは、旧規制にも適合していたにもかかわらず、原告らは結局それを建てず、原告第一建物の二階一部増築等を行ったことが認められる。

そうすると、現段階において原告らによる被告建物の一部撤去請求を根拠づけるだけの受忍限度を超える侵害状態があるということはできない。しかし、被告建物建築時における原告第一建物二階南西側和室に対する日照阻害の程度は(是正工事により多少改善されたものの)受忍限度を超えるものであったというべきであり、被告関口らには、三階建て建物を建てる認識があった以上、右のような日照阻害が生じることについて少なくとも過失があったといえる。(なお、原告第一建物のその他の部屋及び原告第二建物については前記各事情に照らし受忍限度を超える日照阻害があったとはいえない。)但し、前記再開発計画の具体化がされるにつれ、受忍限度の程度が上昇するのはやむを得ないことであって、遅くとも平成五年二月までには右程度の日照阻害も受忍限度の範囲内に入るようになったというべきである。そして、受忍限度を超える部分が原告第一建物の一部であることや被告関口らが是正工事を行っていること及び前述のような原告側の事情を考慮すれば、本件の日照阻害による原告らの精神的損害は、原告一人につき一五万円が相当である。

二  争点2について

1 原告らは、被告江戸川区長が(是正措置命令発動の前提たる)違反建築物の監視を怠り、原告らによる通告後も是正措置命令を発すべきであったのに発令しなかったため原告らは被告建物による日照権侵害の損害を被ったとして、被告江戸川区に対して国家賠償請求をしている。そこで、本件において、違反建築物監視の懈怠や是正措置命令の発令権限の不行使が国家賠償法一条一項を適用する上で違法であると評価できるかが問題となる。

ところで、建築基準法九条一項は、同法に違反する建築物について、建築主等に対して是正措置を命ずる権限を特定行政庁に対して付与しているが、その規定の仕方に照らして、発令の要否、時期、内容等については特定行政庁の合理的裁量に委ねているものと解することができる。そして、特定行政庁の右命令権限の不行使が違反建築物の近隣住民に対する関係で違法と評価されるのは、具体的事情の下において、特定行政庁に右権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められ、社会的に妥当でない場合に限られるというべきである。(なお、違反建築物の監視の懈怠については、是正措置命令の発令権限の不行使と併せて初めて原告らの損害と因果関係を持つことになるものにすぎないので以下では、是正命令の発令権限の不行使の点のみを扱うこととする。)

2 本件において、旧規制下における被告建物による受忍限度を超える日照阻害は、原告第一建物二階の南西側和室に限られていたこと、瑞江駅西通りの沿道の中高層化計画が昭和六一年から存在し、近い将来それに基づく用途地域等の変更が予想されたこと、基礎事実中に掲載したとおり被告関口らが被告江戸川区の行政指導に従わない姿勢を見せることなく、資金繰り等の問題から被告建物完成から約一年経過したものの是正工事を行い、これにより右和室に対する日影が多少減少したことに鑑みると、被告江戸川区長が是正措置命令を発しなかったことが、右権限を付与された趣旨・目的に照らし著しく不合理であると認めることはできず、本件における是正措置命令の発令権限の不行使が国家賠償法一条一項を適用する上で違法であるということはできない。

3 なお、原告らは、平成五年二月の用途地域等の変更が異様であり、被告江戸川区が被告関口らの違反を解消するために用途地域等の変更を画策した疑いがあるとして、〈1〉前の変更からわずか四九日後の変更であること、〈2〉変更地域が極めて限られていること、〈3〉本件土地を含む地域の規制緩和が近隣に比べて異常で、本件土地から数十メートル東側の近隣商業地域の容積率(二〇〇パーセント)及び日影規制(五メートルを越え、一〇メートル以下の区域に四時間以上、一〇メートルを越える区域に二時間以上の日影を生じさせてはならない)との間で逆転現象が生じていること、〈4〉丙七号証の「下鎌田地区地区計画調査」中の「区域図」によれば、当初の計画では、用途地域の変更は、瑞江駅西通りの中央線以南の地域を対象にしていたことが窺えるのに、実際は右道路の両側二〇メートルを変更対象としたことの四点を指摘しているのでこの点に関する判断を示しておくこととする。

まず、〈1〉については、丙一七号証中のこれまでの改正時期の記載を見れば四九日後の改正が必ずしも異例なものではないことが分かる上、本件土地を含む地域に関する規制の変更は、先に示したとおり平成元年一〇月以来のことである。〈2〉についても丙一一、一二、一四号証といった過去の変更例に照らして異様とはいえない。〈3〉については、確かに近隣商業地域の規制値との間で一部逆転現象が見られるけれども、本件土地を含む瑞江駅西通りの沿道の中高層化計画の趣旨からして、また周辺の規制との比較からしても直ちにおかしいと決めつけることはできない。〈4〉について、「用途地域等に関する指定方針及び指定基準」によれば、用途地域等を路線指定方式とする場合は、沿道の道路境界線より原則として二〇メートルの区域を指定地域とすることが定められており、《証拠略》によれば、沿道の土地利用を一体的に誘導するため、通常道路の両側をまとめて指定することとなっていることが窺われるから、これについても特に問題はない。以上のとおり、原告らの指摘部分は、必ずしも異例という訳ではなく、被告江戸川区が被告関口らの違反を解消するために用途地域等の変更を画策したということは到底できない。

4 そうすると、原告らの被告江戸川区に対する請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 天野登喜治 裁判官 飛沢知行)

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